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福岡地方裁判所 昭和59年(ワ)1646号 判決

原告

姉川賢治

被告

糸谷明

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一九八九万〇六九五円及びうち金一八〇九万〇六九五円に対する昭和五七年六月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金五一八九万五一三一円及びうち金四七三九万五一三一円に対する昭和五七年六月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、左記の交通事故(以下「本件事故」という。)により、左大腿骨開放骨折、左大腿骨圧挫創、陰部剥皮創、尿道損傷の傷害を負つた。

(一) 発生日時 昭和五七年六月三日午前一〇時四五分頃

(二) 発生場所 鹿児島市浜町一―八先路上

(三) 加害車両 大型貨物自動車(福岡一一か四六四八)

運転者 被告糸谷明(以下「被告糸谷」という。)

(四) 被害車両 原動機付自転車(鹿児島市や八〇九二)

運転者 原告

(五) 態様 原告が、被害車両を運転して前記場所を進行していたところ、その右側を並進していた被告糸谷運転の加害車両がいきなり左折をしたため、被害車両の後部に加害車両の左前部角が衝突し、その場に倒れた原告は、二輪ある加害車両の右前輪の内の後部車輪で轢下された。

2  責任原因

(一) 被告糸谷は、加害車両の左後方に対する安全確認を怠つたまま漫然と左折した過失により本件事故を発生させたものであり、民法七〇九条により原告の被つた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告有限会社藤崎運輸(以下「被告会社」という。)は、加害車両を自己のために運行の用に供していたものであり、自動車損害賠償保障法三条により、原告の被つた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 入院雑費 二四万三〇〇〇円

原告は、本件事故による傷害により、昭和五七年六月三日から昭和五八年一月三一日まで二四三日間財団法人今給黎病院に入院し、一日当り一〇〇〇円、合計二四万三〇〇〇円の入院雑費を要した。

(二) 付添看護費 二六万八〇〇〇円

原告は、右入院期間のうち昭和五七年六月三日から同年七月一四日までと、同年八月三日から同月二七日までの合計六七日間母親の付添看護を要し、その間一日当り四〇〇〇円、合計二六万八〇〇〇円を要した。

(三) 傷害に基づく慰謝料 二〇〇万円

原告は、前記傷害により八か月に及ぶ入院、加療を要したものであり、この傷害による精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇万円が相当である。

(四) 逸失利益 四五六二万七四四五円

原告は、前記傷害により左股関節以下を離断し、断端瘢痕圧痛をともなう後遺障害を残し、昭和五八年五月一八日症状固定をみた。

右後遺障害は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の後遺障害等級第四級五号に該当し、その能力喪失率は九二パーセントである。

そして、原告は、鹿児島大学二年在学中であるから大学卒業予定の二二歳から六七歳まで就労しえたものであり、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、新制大学卒、二二歳の平均給与額、月額一八万八一〇八円を基礎とし、新ホフマン方式により中間利息を控除(係数二一・九七一)すると、原告の後遺障害による逸失利益は四五六二万七四四五円となる(計算式は次のとおり)。

188,108円×12×0.92×(23.832-1.861)=45,627,445円

(五) 後遺障害に基づく慰謝料 一三〇〇万円

原告は、前記(三)記載のとおりの後遺障害を残し、一生涯義足での生活を余儀なくされたものであり、右後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料は、一三〇〇万円が相当である。

(六) その他の損害 一八八万五一八〇円

(1) 原告は、本件事故による傷害のため一年間留年し、その授業料として二一万六〇〇〇円を要した。

(2) 原告は、本件事故により、義足代の個人負担金として三万三一八〇円、カナデイアン式骨格義足の代金として八〇万円の支払を余儀なくされた。

(3) 原告は、本件事故前は大学に遠く風呂の設備のない下宿で生活していたが、本件事故による後遺障害のため大学近隣の入浴設備のある下宿に移ることを余儀なくされ、毎月一万七〇〇〇円の下宿料の増加をみた。そして、この出費は四年間継続するものであり、合計八一万六〇〇〇円となる。

以上の損害は本件事故に起因する損害である。

(七) 弁護士費用 四五〇万円

原告は、被告らが任意の支払に応じないので、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人両名に委任したものであり、その弁護士費用として四五〇万円の損害を被つた。

4  損害の填補

原告は、自賠責保険から一四九三万円と、被告らの締結している任意保険から六九万八四九四円の支払を受けた。

5  結論

よつて、原告は、被告らに対し、連帯して五一八九万五一三一円及びうち四七三九万五一三一円に対する不法行為ののちである昭和五七年六月四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1のうち(一)ないし(四)の各事実は認め、原告の受けた傷害の内容及び(五)の事実は否認する。

2  同2について

(一)の事実は否認する。

(二)のうち、被告会社が加害車両の運行供用者であつたことは認め、その余は否認する。

3  同3の事実はすべて否認する。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、原告が被害車両を運転して進行中、前方注視義務を怠つたまま、右前方を進行していた加害車両の左側方に接近し、同車両を追い抜こうとしたため、既に加害車両が左折の方向指示をして左折しかかつていることに気づかず、加害車両の左側に衝突したものであるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係

当事者双方の証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)について

1  請求原因1のうち、原告主張の日時場所において、被告糸谷運転の加害車両と原告運転の被害車両が本件事故を起こし、原告が傷害を負つたことは当事者間に争いがない。

2  そして、右当事者間に争いのない事実にいずれも原本の存在、成立とも争いのない甲第一、二号証、いずれも成立に争いのない乙第一号証、同第四ないし第八号証及び証人木村利行の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。すなわち、

(一)  原告は、昭和五七年六月三日午前一〇時四五分頃、被害車両に乗つて、県道鹿児島停車場線の鹿児島市浜町一―八先路上(以下「本件事故現場」という。)を易居町方面に向かつて走行していた。

(二)  そして、被告糸谷は、同じころ加害車両を運転して本件事故現場まで原告と同方向に向かつて走行していたが、同所において、鹿児島港方向に左折を開始した。

(三)  その時、被害車両の後部に加害車両の左前部が接触し、同所で被害車両は転倒し、同車両に乗つていた原告は、加害車両の前輪で轢下された。

(四)  原告は、本件事故により、左大腿骨開放骨折(切断)、左大腿圧挫創、陰部剥皮創、尿道損傷の傷害を負つた。

二  請求原因2(責任原因)について

1  右一2で認定した事実及び前掲乙第六、七号証によれば、被告糸谷は、大型貨物自動車である加害車両を運転して本件事故現場で左折をなすに当り、左後方から直進してくる車両がないことを十分確認したうえで左折を開始すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠つたまま本件事故現場で左折を開始し、本件事故を引き起こしたものと認められるから、被告糸谷は、民法七〇九条の責任を負うものといわざるをえない。

2  また、被告会社が加害車両を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないから、被告会社は、自動車損害賠償保障法三条による責任を免れえない。

三  請求原因3(損害)について

1  入院雑費 二四万三〇〇〇円

前掲甲第一、二号証によれば、原告は、前記傷害のため、昭和五七年六月三日から昭和五八年一月三一日まで二四三日間財団法人今給黎病院に入院して治療を受けたことが認められ、経験則によると、右入院期間中一日当り一〇〇〇円の割合による入院雑費を要したことが認められるから、結局、原告は、本件事故により、入院雑費として二四万三〇〇〇円の損害を受けたことが認められ、他にこの認定を左右する足りる証拠はない。

2  付添看護費 二六万八〇〇〇円

前掲甲第一、二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前記入院期間のうち六七日を下らない期間、母親の付添看護を要したことが認められるところ、原告の前記受傷の程度からして一日当りの付添看護費は四〇〇〇円とみるのが相当であるから、結局、原告は、本件事故により付添看護費として二六万八〇〇〇円の損害を受けたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  傷害に基づく慰謝料 二〇〇万円

前記認定のとおり、原告は、本件事故により入院治療二四三日にも及ぶ前記傷害を負つたものであり、これによつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇万円をもつて相当と認める。

4  逸失利益 三一三九万二〇九一円

原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により左股関節以下の離断及び断端瘢痕圧痛の後遺障害を残したまま昭和五八年五月一八日症状固定の診断を受けたことが認められる。

そして、右後遺障害は、自賠責保険の後遺障害等級第四級五号に該当する。

しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は、現在鹿児島大学理学部生物学科に在籍し、同大学卒業後は、その専門的知識を生かした職業に就くことを目差して勉学していることが認められる。

右事情を総合勘案すると、原告の労働能力喪失率は、全稼働期間を通じて六五パーセントとするのが相当であると判断する。

そして、前掲乙第五号証によれば、原告は、昭和三八年一〇月二四日生まれであることが認められるから、後遺障害の固定した昭和五八年五月一八日当時満一九歳であつて、大学卒業予定の二二歳から六七歳まで四五年間にわたり、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計新制大学卒の平均給与額である月額一八万八一〇八円の収入を得ることができたと推認でき、中間利息を新ホフマン方式により控除して算出すると、原告の後遺障害による逸失利益は次のとおり三一三九万二〇九一円(一円未満切捨)となる。

188,108×12×0.65×(24.1263-2.7310)=31,392,091

5  後遺障害に基づく慰謝料 一三〇〇万円

前記認定の後遺障害の部位、程度、その他諸般の事情を斟酌すると、右後遺障害による精神的苦痛に対する慰謝料は一三〇〇万円をもつて相当と認める。

6  その他の損害 一二六万七一八〇円

(一)  原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による前記認定の傷害のため一年間留年することとなり、その授業料として二一万六〇〇〇円を要することとなつたことが認められるが、同本人尋問の結果によれば、右授業料は被告会社において支払つたものと認められ、右請求は理由がない。

(二)  いずれも原本の存在、成立に争いのない甲第五、六号証、成立に争いのない同第七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は義足代として四五万一一八〇円を負担したことが認められ(それ以上の支払の事実は認められない。)、この費用は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

(三)  原告本人尋問の結果によれば、請求原因3(六)(3)の事実が認められ、同損害金八一万六〇〇〇円についても本件事故と相当因果関係があると認められる。

7  合計 四八一七万〇二七一円

以上1ないし6の各損害金を合計すると四八一七万〇二七一円となる。

四  抗弁(過失相殺)について

1  前掲乙第一号証、同第四ないし第八号証及び証人木村利行の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  被告糸谷は、車長一〇・六一メートルの加害車両を運転して、時速約二〇キロメートルの速度で柳町方面から易居町方面に向けて商店街歩道から約四メートルないし五メートル離れた県道鹿児島停車場路上を進行していたが、鹿児島港方向に左折するため、左折開始地点から一五メートルないし二〇メートル手前で左折の方向指示を出したうえ、速度を時速約一五キロメートルに減速し、左折車から歩行者を保護するために設置されたブロツク積みから四・四メートル離れた地点で左折を開始した。

(二)  原告は、被害車両を運転して、時速約三〇キロメートルの速度で、加害車両の後方を同車両と同様柳町方面から易居町方面に向かつて進行していたが、鹿児島港方面から車両が進行してこないかどうかを確認するため、左前方に注意を奪われ、また、加害車両が歩道から離れて前記県道上を走行していたため、加害車両は左折することなく、易居町方向に直進するものと軽信し、加害車両の動行に注意を払うことなく、したがつて、加害車両の出した左折の方向指示器にも気付かないまま、交差点を直進しようとした。

(三)  そして、本件事故現場において、加害車両の左前部が被害車両の後部に接触し、本件事故が発生した。

2  右認定した事実関係から判断すると、原告は、交差点を直進するに際し、右前方を進行していた加害車両が左折するか否かということについて十分確認をしたうえで進行すべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠つた過失があり、同過失は、本件事故発生の一因をなしているものといわなければならない。

他方、被告糸谷は、前記認定のとおり、左折をなすに際し、左後方の安全確認を怠つたものであり、しかも、本来左折を開始する地点から三〇メートル手前で出すべき方向指示を(道路交通法五三条、同法施行令二一条)、左折開始地点から手前一五メートルないし二〇メートル手前で出したものであり、本件事故現場付近の前記県道の状況を踏まえても、被告糸谷が方向指示を出したのは遅きに失するものといわなければならず、また、加害車両の車長が一〇メートル余りに及ぶものであつた点を考慮しても、前記ブロツク積みから四・四メートル離れた地点から左折を開始したのは大回りに過ぎるといわなければならない。

3  よつて、右に認定した原告及び被告糸谷のそれぞれの過失の内容、程度に、双方の車種の違い、本件事故の態様その他諸般の事情を併せ考えると、過失相殺として、原告の損害額の三割を控除するのが相当であると認められる。

そして、過失相殺の基本となる損害額は、前記三7のとおり四八一七万〇二七一円であるから、これら三割を控除して過失相殺の原告の損害額を算出すると、三三七一万九一八九円となる。

五  請求原因4(損害の填補)について

請求原因4の事実は当事者間に争いがない。

よつて、原告の前記損害額から右填補分合計一五六二万八四九四円を差引くと、残損害額は一八〇九万〇六九五円となる。

六  請求原因3(七)(弁護士費用)について

原告が、被告らから前記損害賠償金の任意の支払を受けられないため、本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人両名に委任することを余儀なくされたことは、弁論の全趣旨により明らかである。

そして、本件訴訟の難易、審理経過、認容額その他諸般の事情を総合考慮すると、原告が被告らに対して賠償を求め得る本件事故と相当因果関係のある弁護士費用の額は、一八〇万円であると認められる。

七  結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、連帯して一九八九万〇六九五円及びうち一八〇九万〇六九五円に対する不法行為ののちである昭和五七年六月四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大谷辰雄)

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